ツル様
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> 某歌手の歌の歌詞で、物事いろいろ知ってしまうと 瞬発力が無くなるもので・・・とかいう部分がありますが、とても身に沁みて実感する部分なので頭から離れない歌詞です。
> 小学生くらいの子供たちが描く絵が、時折 心にズンッと刺さることがあります。それは、純粋な心で描いたことからくる素直さが、素直さを忘れた自分に対する戒めでもあり、創造の豊かな可能性を示唆するものでもあります。
これに近い経験は幾度となくあります。
私の場合は、子供が発する言葉が殆どではありますが...
素直で汚れの少ない心から発する言葉は、バイアスのない目でそのまま見て散ったものなので、真実を言い表していることが多く、ハッとさせられます。
> 10進法で表現し計算し探求すること自体が、宇宙も含めた自然の理解のためには、核心にはたどり着けないだろうと思うのです。
正直申し上げて、ここがよく分からないのです。
10進数で現すことに本質的な意味は有りません。これは断言致します。一般的にN進数で自在に表現できます。数字には本質的な意味は無いのです。ごく表面的なものでしかありません。
仮に宇宙の理解のために数式で表現する場合は、一般に方程式を用います。これは単なる計算式ではありません。
3.1415926 は円周率ではありません。3.14と言ってしまえばそれは円周率で無いのはお分かりだと思います。計算の便宜上、有効数字の要請から3.14を用いることはあっても、それは単に表層的なものでしかありません。円周率はπであって、無限に小数が続くものに意味があり、方程式ではπを用いますが、小数を使うことはあり得ないわけです。
これが、方程式と計算式の違いの1つです。
10進数では宇宙を理解できないのかと問われれば、なら何進数なら良いんか?と問い返すしかありません。そして、答えは何進数でも構わない、となると思います。
電磁気現象を理解する際に複素数を用いますが、これは便宜上計算を楽にするために用いることが多いです。
一方で、量子力学で用いる複素数は、計算の便宜ではなく、複素数である必要があります。複素数に本質があると理論物理学者は信じています。そして理論物理学は進歩しています。なので今のところこの考え方で問題ないとの合意があります。
ひょっとして将来、合理的な理由により否定される可能性を認める必要があるので、敢えて回りくどい言い方をしました。
素数の理解を深めるための有力な道具の1つに、ゼータ関数がありますが、これも複素数の世界で考えます。1段高いところから下界を俯瞰するといった感じです。この複素数も計算の便宜ではありません。
おそらく世の中は、近似的に最低でも6次元の複素数で考えよう、というのが今の感じだと思っています。そこには、何進数かどうかは全く埒外の話です。
単なる計算の道具としてしか見ないと、数学は厄介でつまらないものになるかも知れません。それは数学の本質ではないのだと、私は信じています。
なお、私自身が自力で最先端の理論物理学を理解できるなどと僭越なことは思いません。まして自分で何かを発見することは絶対にあり得ません。でもその果実を味わうのは、自分のレベルなりに楽しめると思っています。なので、頭が動く限り数学のレベルを少しでも上げたいと思うわけです。
レベルが上がるにつれ、自分のアホさ加減が分かり、逆にたったこれだけしか分からないのか...となります。そしてぼんやりと見えてきた自分の現状の限界の少し手前から、また理解を深めようともがく...この繰り返しです。